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◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」第41弾
「高齢者と女性にやさしいそば打ち講習会」
   12月9日の土曜日、毎年恒例となっている「そば打ち講習会」を開催しました。講師は簡単そば打ちで本も出版されている、光が丘6丁目在住の大久保裕弘先生。すまいる快適生活セミナーでも何度も講師をしていただいています。今回は、年末の年越しそばを家庭でも簡単に、しかも力を入れずに作ろうをコンセプトに、高齢者や女性にもやさしい十割そば法を教えていただきました。参加者は男性女性の半々ずつでした。男性陣には、そばやうどんに詳しい方もいらっしゃいました。やはり男性は、極めるまで凝る方が多いようですね。  
 
水とそば粉の調合が肝心とのこと
水とそば粉の調合が肝心とのこと

まず、先生のデモンストレーションを見ながら一連の流れをイメージし、いざ実践へ。そば生地を作るのに肝心なのは、水とそば粉の調合です。講習では各自が大人2人分の分量で作りました。電子計りで1グラム単位までしっかり量を計り、水とそば粉を合わせます。先生お手製の水回し棒を使い、ゆっくり力を入れずに混ぜ合わせます。

 次に、水とそば粉が混ざってきたら、手でしっかりとこねていきます。ここで水とそば粉が均等に混じっていないと、茹で上げた後に所々で切れてしまうため、皆さん一生懸命こね合わせていました。こねた後に一定時間放置する必要もなく、すぐ次のステップへ。

 
 
楽しく生地をこねて伸ばしてま〜す
楽しく生地をこねて伸ばしてま〜す

そして、出来上がった生地を伸ばす作業に入ります。生地が板にくっつかないように打ち粉をまぶします。木の棒を使って伸ばしていくうちに、きれいに楕円形になった人、四角になった人、どこかの国のような形になった人などそれぞれに個性が出て、皆さんの笑いが飛び交っていました。厚さも長さも一定になるように、先生お手製の板には両サイドにゴム止めがしてあるのにも驚きでした。そばの長さが30センチ以内、厚さ1.5ミリになるようにできているのです。

 
 
切る時は皆真剣そのもの。でも均等は難しかったです
切る時は皆真剣そのもの。
でも均等は難しかったです
 
お腹もすいたところで和気あいあい試食
お腹もすいたところで
和気あいあい試食

 最後に、そば包丁で切ります。皆さん、ここはちょっと緊張のご様子。「等間隔に切れるかな〜」など声を出しながらも真剣な眼差しでした。最初は太めにうどんのような幅になっても、慣れた後はなかなかの腕前。切り終えるとホッと一息。

 和気あいあいとしたムードの中、そばを茹で、ちょうどお昼時に試食の開始。盛りや大根おろしを使った越前おろしそばをおいしくいただき、電子レンジそばがき法も実践して試食。さらには、そばつゆの作り方も教えていただきました。皆さん口々に、「私が作った蕎麦は切れちゃうかしら?」など話しながら、「楽しかったね、年越し蕎麦作ってみよう」と大変ご満足。「高い道具を買わなくても、身近にある道具でこんなに簡単に作れるね」と、そば作りのイメージも変わったようです。

 皆様が1年の締めくくりとしてこの講習に参加し、楽しんでいただけたので、講師の大久保先生も私共すまいるスタッフも嬉しく思います。どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

 

◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」第40弾
「ボジョレヌーボーと料理を楽しむ会」
 
ルーチェの林シェフ夫妻の紹介
ルーチェの林シェフ夫妻の紹介
ボジョレの解禁に合わせ、翌日の11月17日夕刻、すまいる情報光が丘1階サロンにて「ボジョレヌーボーと料理を楽しむ会」を開催しました。
講師はカウンターレストラン“ルーチェ”のオーナーシェフ林学氏とパティシエである奥様の林さくら氏とのペアーで、おいしい料理を作っていただきました。
“ルーチェ”は光が丘の外周沿いで、旭町地区区民館やセブンイレブンから近く、2006年5月、店舗2階にイタリアンレストランをオープン。その場所は私共のすまいる情報光が丘営業所の開設が始まった第一歩のところでした。そんなご縁で、オーナーシェフ夫婦にこの店舗を斡旋しました。
 今回は、すまいる情報光が丘で以前お世話したお客様で組織する「すまいる倶楽部」の催し物で、参加者は会員の皆様でした。本日のお料理は特製オードブルと食後のデザート、温かいものは温かくをモットーに、当社3階で調理してもらい、自家製ソーセージや奥様の故郷である山形産ラフランスの生ハム乗せなど、シェフこだわりの6種盛り合わせでした。
 
 
シェフこだわりの6種盛り合わ せのオードブル
シェフこだわりの6種盛り合わ せのオードブル
お取り寄せワインは、フランスのボジョレヌーヴォーでもワンランク上の ”Beaujolais Village Nouveau” (ボジョレー ヴィラージュ ヌーヴォー)。Village(ヴィラージュ=村)と付くのは、ボジュレ地区の中でも北部に位置する村で収穫された葡萄のみで作られる高品質ヌーヴォーです。もう一つは飲み比べのためのイタリア産のヌーヴォーの “Zonin Novello” (ゾーニン ノベッロ)。やっぱりヴィラージュの方がまろやか。同じヌーヴォー(ヌーヴォー=ノッヴェロ=新しいの意味)でもイタリアのほうは本当に若いという感じで、その違いを堪能しました。
本日のワイン
本日のワイン
 
 
男性陣は結構なワイン通で、またお酒通。ビンの形から産地がわかる方まで。ワインを飲みながら自然とヨーロッパの街並みの話で盛り上がりました。築100年なんていうアパートがざらにあるイタリア・スペインなど。「どうして日本はこうも築年数にこだわるんでしょうね」、などと言いながら、「光が丘はどのくらいの耐用年数なの?」などの質問も。「生きていないかもしれないから、考えるのをやめよう。」互いに初めて顔を合わせたばかりなのに、同じ光が丘の街に住んでいるので、すぐにうち解けて和気あいあい。日本酒での楽しみ会や、おやつの会など、今後の企画もリクエストされました。「こういった美味しいお店が周辺にあるといいわね」と、おいしいお料理とワインで皆様大変ご満足していただけました。  すまいる情報光が丘は、リタイヤ後も楽しく出かけられる場や催し物をもっともっと創り出していきたいと思っております。
デザートはイチジクのボジョレヌーヴォーのワインソース
デザートはイチジクのボジョレヌーヴォーのワインソース、 皆さん料理を堪能しました
皆さん料理を堪能しました
 

◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」第39弾
「親子三世代が住み続ける街であることを願って」 瀧 幸子様
 
展覧会「奄美の風パートI」
展覧会「奄美の風パートI」
 光が丘には昭和60年から住んでいます。赤羽の公団住宅に住んでいたのですが、光が丘の新規分譲の募集に補欠で当選しました。補欠での番号では、ほとんど見込みがないと諦めていたのに、運良く繰上げ当選となって嬉しかったです。1999年から6年間、奄美大島で大島つむぎを勉強したので光が丘を離れましたが、今年、光が丘に戻ってきました。
奄美大島と私の出会いのきっかけは、以前に友人と申し込んだ「大島ツアー」でした。そもそも東京の大島に行きたくて申し込んだのですが、出発一週間前に「奄美大島」と記されているのに気が付き、でも友人と行ってみようということで出発しました。間違えて申し込んでいたのです。しかし、その間違いが私の人生を変えるものになるとは、その時は気づきませんでした。
 
 
展覧会を開催した滝さん
展覧会を開催した滝さん
 母が亡くなり、看護から開放されたことと悲しみから気分を変えようと、遊び半分で奄美大島へ行きました。そこで出会った大島紬に魅了され、大島紬学園に入学してしまいました。月曜日から金曜日まで通学し、すっかりその地に住み着いてしまったのです。学院では泥染めや藍染めといった染物を学び、とりわけ濃い色ながらも透明感を持つ琉球藍染めに惚れ込んでしまいました。さらに染色全般の研究もしました。また、奄美の大自然をカメラに収めようと、記録用写真を撮り始めたのをきっかけに、楽しくなってきて本格的に写真も学びました。やることがたくさんあって毎日が忙しくも楽しかったです。
 
 
琉球アサギマダラの冬眠の様子をカメラに収めました
琉球アサギマダラの冬眠の様子をカメラに収めました
 こういった生活が何だかんだで6年も続きました。光が丘の自宅は誰に貸すこともなくそのままにしておいたので、奄美と東京を往復していました。6年もの歳月はあっという間で、今は光が丘で楽しんでいます。7月にはJ.CITYギャラリーで「奄美の風パートT」という展示会を開催しました。私が作った大島紬や、現地の写真、郷土品などを展示し、たくさんの方々に来ていただきました。本当にありがとうございました。パートUも企画中です。
 
 
泥染め
泥染め:
「平民は紬を着るな」と島津藩から命令が下され、泥の中に隠したことから泥染めができたと言われています。
   奄美から戻ると、光が丘の木々が以前より大きくなり、ますます生い茂った気がします。春の風公園を歩くと、23区とは思えない、響き渡る鳥の鳴き声と生い茂る樹木に、とうていどこか東京の地と思わせない風情があります。ここは便利で住みやすいですね。奄美を恋しくなるときもまだまだありますが、光が丘に住んで良かったです。
大島紬の材料は絹です。あたたかく軽い素材で100年もち、それは親子三世代が受け継いで着られると言われています。この光が丘が、親子三世代で100年住みつづけられるような街であって欲しいと願っています。
 
 
サガリバナ
サガリバナ
<私のお気に入りの一枚>
サガリバナ:7月から9月に一晩しか咲かない花で、夜に咲いて朝には散ってしまいます。奄美では、この花が落ちる音を聞きながら朝食を取ることが、最高の贅沢だと言われています。一度味わってみたいと思いましたが、時間がありませんでした。
 

◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」特別版
「アメリカの不動産を視察して・・・光が丘の将来を思う」 (株)すまいる情報光が丘 代表取締役 武藤正子
 
現地エージェントとして活躍する田中和代氏と一緒に
現地エージェントとして活躍する
田中和代氏(左)と一緒に
 7月4日、アメリカ独立記念日より1週間、アメリカのデンバーへ行ってきました。コロラド州のデンバーはロッキー山脈の麓にあり、標高は1,600mと高いため夏でも夜は涼しく、アメリカの中心に位置する高原都市です。現地の不動産エージェントの田中和代氏の協力のもと、アメリカでの不動産視察とオープンハウスの見学をしてきました。田中和代氏は、今年1月、東京都宅地建物取引業協会のニューヨーク不動産視察会を引率・コーディネートをされた、アメリカでも不動産エージェントとしてご活躍されている女性です。彼女とはNPO不動産女性会議のメンバーであり、小学校の先輩というご縁で今回のデンバー行きとなりました。
 
 
ダイニングルームはテーブルセッティングも完璧になっていました
ダイニングルームは
テーブルセッティングも
完璧になっていました
 アメリカと言えば、そびえ立つ摩天楼ビル群の都心を思い浮かべがちですが、飛行機の窓から見るアメリカは、地平線のはるか彼方まで続く整然としたフリーウェイ、区画がきれいにそろった郊外の住宅地、日本の比ではない規模の農業地域や広大な未開の地、米国の国土の広さに驚きを隠せません。上空からはその都市構成なるものをはっきりと確認できました。デンバー国際空港はまさに、赤茶けた荒野の中に突如現れた白い物体のごとく、アメリカ空路の中継地点というのにふさわしいそのキャパシティーを誇る芸術性に富んだ外観の空港でした。これも日本企業の設計・施工によるものとのことです。
 
 
クッションの置き方にも工夫しているリビングルーム
クッションの置き方にも
工夫しているリビングルーム
 実際に見学してきたデンバー郊外の住宅地は、2階建地下室付き、240m2程で約6000万円。しかし、その価格の約1割が土地で、建物が9割だとか。これでは立派な家が建つはずです。いまさらながらに東京の地価の高さを実感しました。ショールームは各部屋に統一感を持たせ家具を配置し、タオル一枚でさえタオルリボンを付けて飾る、このようにして購入意欲をそそり、家の魅力というものを一層引き立たせる演出が随所にありました。オープンハウスの見せ方の工夫が素晴らしく、中古マンションの仲介を主とする私共にとって、空室をそのまま公開し、努力や工夫に欠ける点で大いに反省しました。
 
 
ラブリーなベッドルームはアメリカならでは!
ラブリーなベッドルームはアメリカならでは!
 郊外の住宅地が日本人にとって羨ましい限りである一方、厳しい土地利用制限があることも事実です。建国以来の理念「自分のことは自分で守る」と並び、ルール社会を徹底させてきたアメリカの歴史の反映でもあります。そこに築き上げた市民社会とコミュニティ、歴史を遡ることで米国における不動産の価値というものが、ますますわかってくるような気がします。
 
 
一流ホテルを思わせクローゼット付のバスルームとシャワーブース
一流ホテルを思わせクローゼット付の
バスルームとシャワーブース
 今回の不動産視察で日本との違いをまざまざと実感しました。住宅に対する概念の違い、それは不動産は価値が上がれば売却し、次のステップアップを図るということ、そのために、自己の資産維持には最大限の努力をし、街並みの調和をとる姿勢は、日本のマンション管理にも見習うべきところではないでしょうか。私も光が丘パークタウン在住の一員として強く感じました。
 
 
分譲中の住宅地、車庫は2〜3台付で地下室もあります
分譲中の住宅地、車庫は2〜3台付で地下室もあります
 
 

◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」第38弾
「地域の大切さと人々のつながりがうれしい」   祖慶雅子様
 
ピアノの先生のIMAホールでの発表会用にお花を生けました
ピアノの先生のIMAホールでの
発表会用にお花を生けました
 1990年に光が丘に越してきました。光が丘と東大島の公団住宅に当選し、光が丘を選びました。当時の光が丘はまだ不便だったのですが、どんどん開発されていくことを期待して、そして光が丘駅が出来ることがわかっていたからです。移り住んでからは、出来上がっていく光が丘を見てうれしかったです。街作りにかかわる人々のエネルギーを感じました。

 63才まで事務系の仕事をフルタイムでしていた私は、退職する前に調理師の資格を取り、退職後に夕食のおかず作りのサービスをはじめました。地域の赤ちゃんからお年寄りの方まで、1日30食・10所帯まで、マンション内で夕食を作っていました。食材料の買い出しが大変だったこともあり、現在は週に2回、高齢者の所へ行って、昼食と夕食を作りに行き、お手伝いをしています。そして月に1回、自宅にて料理教室を開催しています。材料を切ることから始めるのではなく、私が作ったランチを食べていただきながら、どのように作るかとそのポイントを説明して、皆様と楽しいひとときを過ごしています。また、2月から始まった「男性のための料理教室」(主宰・清宮百合子氏)にも協力したり、昔から料理が大好きだったので、趣味を活かせてうれしく思います。
 
 
ホテルカデンツァでのピアノの発表会
ホテルカデンツァでのピアノの発表会
 光が丘は楽しみを見つけることができる場所だと思います。68才から習い始めたピアノと水泳(KIRIスイミングクラブ)は、もう5年目になります。ピアノのきっかけは教室の募集で、「音符が読めなくても大丈夫、好きな曲を弾こう」ということで教室(森泰子先生)に入会しました。先生がとてもいいお方で、私は先生が大好きなので、月に3回のピアノレッスンがとても楽しいです。習い始めて3ヶ月で発表会にも出させていただきました。音楽の「楽」は「楽しい」という文字を使います。学問の「学」ではない理由がよくわかりました。
 
 
陶芸を習っていた時の作品:おひな様
陶芸を習っていた時の作品:おひな様
 時々、光が丘公園や春の風公園へ出かけて、お花をスケッチするのも楽しみの1つとなりました。自然に咲く花や飛んでいる鳥を見て、寒中見舞いや手作りの創作品のアイデアを得ることができます。光が丘にはそのような場所が豊富なので嬉しいですね。
 
 
海での自然葬のようす
海での自然葬のようす
 また、積極的に地域の活動にも参加しております。団地の集会所にて自治会後援の「サロンド四季」の定例会では、食物・食中毒に関するお話などをさせていただきました。レジュメや参考資料の作成も楽しく感じます。ボランティアの一環として、自然葬(散骨)に取り組むNPO法人「葬送の自由をすすめる会」にも参加しています。
 
 
祖慶さんオリジナルのエトキの寒中見舞い
祖慶さんオリジナルのエトキの寒中見舞い
3版5色刷 プリントごっこ印刷
  このように人々とつながっていることがとても嬉しいです。光が丘にいると本当にたくさんの人に出会え、いろいろなことが出来ます。地域の大切さをいつも実感します。光が丘を選んで本当に良かったです。
 

◆人気シリーズ「在住者100人が語る光が丘の魅力と住み心地」第37弾
「私の聖地、光が丘」 堀江美保様
 
光が丘第2中学校時代、クラスメイト達と
光が丘第2中学校時代、クラスメイト達と
 小学校6年の4月、父の転勤で大阪から光が丘へ越してきました。仕事の関係上何度か引っ越しし、もともと千葉に家があったのですが、そこからでは東京の職場に通いづらいということで、光が丘の新規に当選し購入したそうです。

 小学校の最後の一年間だけ、光が丘第3小学校へ通いました。転校生だったので友達ができるか不安でしたが、2クラスだったのでみんなの顔をすぐに覚えられ、私のこともすぐに覚えてもらえて、また、校内の環境も良かったのですぐになじめました。千葉の小学校は一学年に8クラス、大阪では4クラスあったので、光3小で2クラスというのに驚きました。そして、こんなに近くに小学校があることにもびっくりしました。
 
 
楽しかった中学のスキー教室
楽しかった中学のスキー教室
 そのまま光が丘第2中学校に入学しました。そこでは光が丘第4小学校からの学生も合流するので、新しい友達もでき、とても楽しい中学校時代を過ごしました。3小や4小からでもない人もチラホラいましたが、とりわけこの中の1人と仲良くなり、今でも飲んだり旅したりする仲です。このホームページを編集している由美さんと出会い意気投合したのです。
 
 
バイト仲間3人での卒業旅行はラスベガスとグランドキャニオン
バイト仲間3人での卒業旅行は
ラスベガスとグランドキャニオン
 15年前の光2中は練馬の学習院とも呼ばれ、国立の学芸大付属大泉に勝るとも劣らない学力を誇っていました。校内の環境も良く、先生と学生の間に距離がなく、みんなで和気あいあいとしていました。楽しかった思い出はスキー教室です。練馬区の施設に宿泊し、アサマ2000というスキー場を利用しました。ちょうど私の誕生日だったので、クラスメイトが歌を歌ってくれ、そのままカラオケ大会となりました。大部屋に10人くらいで宿泊し、ガールズトークで盛り上がり、見回りの先生が来ると寝たフリをし、またトークを続け、楽しかった思い出です。

 都立高校に進学し、そこでも良い友達にめぐまれました。昔から夢だった看護師をめざし、高校卒業後は看護学校へ入りました。3年間、勉強と実習で大変でしたが、高校の友人の紹介で谷原の交差点近くのゴルフ練習場でアルバイトをし、いい経験をしました。アットホームな職場環境だったので、中学の親友を私が紹介し、楽しいバイト生活を送りました。病院へ入職する前に、バイト仲間で学生最後の卒業旅行にラスベガスへ行きました。大自然のグランドキャニオンとデスバレーはため息ものでした。日頃のささいなことも吹っ飛んでしまうくらい雄大な自然。日本の比ではなく、世界にはこんな場所もあるのだと、これを機に海外旅行のとりこになりました。
 
 
フランスのルーブル美術館にて撮影:ミロのヴィーナス像
フランスのルーブル美術館にて
撮影:ミロのヴィーナス像
 勤務先の病院へは最初は自宅から通っていましたが、不規則勤務のため通勤が大変だったので、やむなく病院の看護寮へ入りました。寮のあたりは買い物が不便で環境はあまり良くありません。コンビニすら近くにないのです。光が丘の自宅は眺めが良く、東京が半分くらい見えるほどの眺望です。だから休みの日は光が丘に戻りたくなります。仕事で落ち込むこともあるので、中学の友人と昔話で盛り上がったりして元気になります。それに母の料理も食べたくなります。光が丘は緑が多く、ショッピングセンターの規模、都心までのアクセス、あらゆる面で最高の環境だと、戻ってくるたびにつくづく実感します。

 看護師として働いて7年目になりました。不規則な勤務ながらも、夏休みは一週間ほど取れるので海外へ旅行します。以前、イタリアのベニスですまいるの武藤社長にばったり出会ったのには、旅以上の感激を味わいました。フランスのルーブル美術館での「ミロのヴィーナス」や、ダ・ヴィンチの「モナリザの微笑」などを見て作品の重みを感じ、それ以来、有名な美術品に興味を持ちました。ただ旅をするだけではなく、その国の歴史を学んだり、作品などの詳細を事前学習してから旅をするともっと旅を楽しめます。今後は趣味を通して自分自身の教養も深めていきたいです。

 職場の寮と光が丘を往復する生活ですが、私の心のよりどころはいつも光が丘。光が丘はまさに、私の聖地とも言えるでしょう。
 


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